私の たどってきた道

 

わたしはすごくお金のない家庭で育ちました。
父が自営の仕事をほとんどせず
母が働きに出てやっと生活をしていました。
母は日々のストレスでイライラしていました。
でも離婚はしませんでした。
わたしはずっと思っていました
なんで離婚しないの?と。
私たちのためという母に怒りさえありました。

幼いときは家族で一緒でのよい思い出もあります。
いつからか狂ってしまった歯車。

父は家にいて仕事らしいことを気分ののったときだけする生活。
私は父に何度も怒りをぶつけました。
母が諦めていく姿に自分がどうにか父を変えることは出来ないのだろうかという焦り。
しかし追いつめても意味がない事にこのときの私はまったく気づきませんでした。
はじめは言い返していた父も次第に「逃げればいい」と背を向けるようになりました。
そして父は母や私たち娘から背を向けられ
ただの同居人となっていきました。

こういう生活の中でわたしは自分がしっかりしないと!と
看護師をめざし、奨学金制度を利用し、看護師となったのです。

私はしっかりものの役を担い、いつも妹にも叱咤激励していました。
母にしっかりしてて助かると言われるたびに優越感を感じていました。


その後結婚し夫と向かい合う中でわたしは何度もうまくいかない体験をしました。
そして傷つき、毎日を地獄のように思う日々。
もっと強くなればいいんだと自分に強さを見いだそうとしていました。
しかし、無理に強くなろうとしても苦しみや我慢が増すだけでした。


あるとき、変わりたい!自分が変われば周りもきっと変わると思い立ち
カウンセリングを受けることにしました。

カウンセリングを受ける中で、ほんとうは母を恨んでいたこと
私は母そっくりの自立型で依存を抑え込んで生きてきた不器用な人間であったこと
しかしその反面、依存症でもあったこと、コミュニケーションの取り方を知らなかったこと
などにどんどん気づきました。

 

けれど、この時点ではまだわたしは自分を苦しめていたのです。
出来ない自分を責め、葛藤だらけだったのです。

 

あるとき、ほんとうは無理に自分を変える必要など何も無いのだと気づきました。
わたしはわたしらしくいてよいのだとわかったのです。

弱い自分も情けない自分もわがままな自分も愛せたとき、世界は自然に変わることを確信したのです。


私はそこからどんどん自由になっていきました。
ありのままの自分に還っていきました。

そしてほんとうの意味での自分らしさと自己信頼感を取り戻したのです。


あなたもほんとうの自分らしさと自分を信じる気持ちがあれば
きっとどんどん道は開けていきます。


自分の良いところも悪いところも素直に受け入れてあげましょう。あなたはそのままで素晴らしいのですから。

そこから人生はスタートします!


※今は父のことも母のことも愛していますので、上記は過去の通過点であったことですのでご了承下さい。
                                 

月華